唐突にフリース職人を目指すことにした僕は、代官山のあたりを散策した。もちろん、ファッションといえば、代官山だからだ。 この年から目指すには少々遅 すぎる気がするけれど、思い立ったが吉日、だから問題はないだろう。ぶらぶらしている内に思いつき、コンビニで500円くらいのハサミを買う。
しばらくぶらつくと、”フリース工房”という木の看板を掲げる店を見つけた。店の前には、麻袋にぎゅうぎゅうに詰め込まれたペットボトル。間違いない。ここには、腕利きに職人がいるだろう。
こうして、僕のフリース職人としての生活が、幕を開けたのだった。
二年後・・・・・。
「削る時は、息をとめちゃあ、なんねいよ」
親父さんの口癖だ。
「はじめて、お前さんが家に来たときは、何しろ面食らったぜ。ハサミなんぞぶら下げてきてからに」
僕は顔を赤らめた。
「お前さんも、多少はこなれて来たけどよ、俺から見れば、まだまだなあ」
五年後・・・・・・。
親父さんはもういない。ホームレスが運んでくるペットボトルも、もう一人では捌き切れずに、店の作業場を占拠しはじめた。
十年後・・・・・・。
ようやく、親父さんと同じ位に薄い削りが出来るようになってきた。
二十年後・・・・・・・。
うず高く積み上げられたペットボトルの山は、もうない。飲料の容器は、すでにセラミック製品が主流になってきている。最近のお客は、保温性ではなく、ノスタルジーを満たすためにフリースを買うようになった。
三十年後・・・・・・・。
フリースは、もういらない。売れもしない。なぜなら、地球上には冬がなくなったからだ。ペットボトルも、削るそばから、やわらかくだれてしまう。自分のほうが溶けてしまわないだけ、まだましだった。
「流行廃りは世の常だけれど、これも時代の流れかねえ。」
「ニャー」
水に浸かりっぱなし猫が、鳴いた。