秋の夕闇と、飢えた僕。昼の輝かしい光は既に夜のニュアンスをその放射する光線の端に滲ませ、僕の鼻腔は湿り始めた空気を嗅ぎ分ける。僕は、長らく飢えていた。褪せた陽光は当たりかまわずそこかしこを染め上げて、全く迷惑な存在だった。しかも、瞳孔の端を翳める光線は、ただでさえ弱り始めている僕の瞳を更に痛めた。僕が最期に食べ物を口にしたのは、もう半年以上前の春の事で、食べたものは腐りかけの豚足だった(ような)。緩やかに下る坂道の途中、僕は太陽に背を向けて、後ろを振り返る、そこには長い自身の影が伸びていた。僕はそれを見て、まるで自分の背が本当に伸びたかと勘違いして、ちょっとした感慨を覚えていた。僕のいる坂道の辻違い、もう一本隣に走る広めの通学路からは、遊びに興じる子供たちの笑い声が微かに聞こえる。おそらく、その通りには、買い物帰りの主婦が籠をぶら下げて闊歩し、早めに帰宅するサラリーマンは居心地の悪い感じで足早に道の端を歩いているのだろう。しかし、この道には誰もいない、僕以外は、誰も。
人通りの無い、今僕がいる通りの脇に伸びる路地裏、左側には高い壁がそびえたち、右側には民家から延びる黒々とした木々が張り出したその路地裏は暗く、人通りはもっとなさそうだ。子供達が「かくれんぼう」するには打って付けの場所だ。こう言った場所には、隠れる物陰は幾らでもある。僕はその影のある道に、影そのもののようになって入り込んだ。子供の頃の経験では、こういった路地裏の民家の軒先には、なんらかしらの果実がなる木があるものだ。今は秋、時期としては打って付けだ。僕は木々に遮られて斑になった影の中をすり抜けて、路地裏を進んだ。果たして、それはあった。T字路の角の家の、ブロック塀に寄りかかるように生えるザクロの木。実はたわわに実り、今にも熟して落ちてきそうだった。辺りはT字路のわりに暗く、視界が悪かった。家の窓には、明かりが無い。ここでなら誰の目にも見咎められず、ザクロの実を手に入れることが出来るだろう。僕は一度、すっと壁に馴染んでから、辺りを見回す。人はいない、声も無い。ブロック塀に開いた飾り穴に足を掛け、一息に塀の上に立つと視界がより開けた。やはり人っ子一人いない。表通りの喧騒からは、全く隔絶されていた。目の前には、枝にぶら下がるザクロの実がある。僕はジャンパーを脱ぎ、風呂敷のように使って幾つかの実を包んだ。
ジャンパーの風呂敷を片手に持ちながら塀を降りるのは、ひどく骨が折れた。無事に降りた僕は、しかし油断してしまったのだろう、風呂敷からこぼれた実を、すんでの所で捕まえることができ
なかった。差し出された僕の手は、むなしく空を切る。すり抜けた実はゴムボールのように弾んで、木々の陰の合間を、橙色に明滅しながら、何度か跳ねて、T字路まで転がった。
夕陽にライトアップされたザクロの実は、弾みで割れたのだろう、パックリとその傷口を露にしていた。どこからか、夕餉の匂いが漂ってきた。母親は、夕餉の支度をしながら家族の帰りを待つ。帰宅した子供は、母の苦労も目に入らず、テレビのチャンネルを、コマーシャルの度に変え続ける・・・・・・。ザクロの割れ目から滴るのは、果汁では無かった。磨き上げられた幾つかのビス。中からのぞくのは、歯車とシャフトからなる精密なメカニズムだった。T字路の真ん中で、夕陽の残光を受けて、それらの金属部品は橙色に輝いていた。その時、突然、割れたザクロの実は、「Jiii.....」と言うかすかな機械音を立てた。それに呼応するかのように、風呂敷の中にある実も、一斉に「Jiii.....」と鳴り始めた。僕は疲れて、その場にへたりこんだ。僕の手の中で、風呂敷は音を立てながら、震えた。
Photo & Fancy : M.Y
Camera : Kyocera WX300K
Retouch Software : Picasa2











