2007-11-29

『Dance 003 - end』





別れたのも気づかずに

ただ踊る

真昼の午後

ぎらぎらした光の下で

踊りの合間に視界を掠める足元の蟻

呼吸する間もなく

どうやらお別れ

さらば

踊りの稽古

さらば

頭上に跳ね上がる光の軌跡

仰向けの瞼に無数の針が突き刺さる

『Dance 002』





「全く、仕様の無い奴さあ」

「などと煽りつつ」

「小麦の肌を曝け出しやがった」

「見なよう、弾んでらあ、弾けとんでら」

「いやあ、そうでもないぜえ」

「などと宥めつつ」

「凪の夕べに、鳥はうたた寝」

「暗がりに蜂」

「なんでまあ、あんなに踊ってんだか」

「わかりゃあしねえ」

「わかりゃあしねえ」


『Dance 001』



明けても暮れの、踊りの間にさもあらじ、

磯子の窓辺に寄る辺も無く、

身寄り無く流れ濡れむ哀れな情よ。

はも叩き折り、なお身を崩し、

仕様の空模様、翠、深く睡蓮の根を想い、はかなみ、

乳飲み子のなお踊る、狂うて踊る様こそよ。

踊る様こそよ。


2007-11-02

雨乞い Japanese Traditional House③

 夜更け過ぎに止んだ雨が、また昼に降り出したらしい。僕は庭先で、縁側で、ビニール傘を開いて、半透明のフィルタ越しに淀む空を仰いだ。黒々とした緑の枝に遮られて覗くわずかな隙間から、滴り落ちる雨粒が鈍い透明の上に弾けた。

(また用意の良いことで・・・・。)

  僕はつぶやいた。空の様子は朝からと変わらなかったが、風の調子と空気の匂いとで、僕はわずかな変化に感づいたのだった。自分が開いた傘を閉じるのに、何の遠慮がいるものか。僕は大して降っていない雨粒から身を防ぐのを止めた。止めた所で、何の影響も無いだろう、頬に伝う雫も、汗と変わりはあるまいに。

 さて、夕刻までには間がある、とはいえ外に出るのは億劫だった。かと言い、居間で寛ごうにも先客がある。濡れた暗い庭以外のこの家には、何やら人の気配がした。そう長くは持たないが、仕方が無いので庭にいて、少し縁側に腰掛けるもよし。そう思い静かに佇んでいる耳元には、かすかに琵琶の音が鳴った。そう遠くないのに、遠くからに聞こえる。僕は慣れっこなので、家の反対側にある、渡り廊下で繋がった、ひっそりとした離れから聞こえてくるのだろうと思った。雨の日には、良くあることで、そのかすかな音ははじめ雨粒に染み込み、やがて黒い木々に、むき出しの地面に、飛び石に、そして濡れて黒々した古い日本家屋に染み入り、辺りに吸い込まれていた。ああ、離れのだれそれが琵琶をひいているんだねえ、などと嘗ては言ったものだが、今じゃただ、その音色と一緒に、辺りに僕も染み入るだけだ。
 縁側に越し掛ける僕の後ろの襖を隔てて、そこには居間があり、部屋の真ん中にはダイヤル式の赤いテレビがあり(あのチャンネルのスイッチが、引っ張ると取れてしまうやつだ)、モノラルで張り上げるバリトンが流れている。ちらちらと襖に遷る赤と黒の文様が映えて磨き上げられた縁側の廊下で踊る。僕の背中をちらちらと這う。誰が見てるのかなどと野暮な話は無しだ。もう知っている、何が必要か、あるいは何が必要でないか。琵琶だのオペラだの家だの、全く関係の無いものが同居しうるこの胡散臭い空間には、慣れすぎて吐き気がした。 外に出るには億劫だった、とはいえ夕刻にはまだ間がある。長く、長く、時間は過ぎる。永遠に過ぎゆく。僕は、ざわざわする心のままに、両手を差し出して、落ちる雨粒を掴むことを諦め徒に待った。瞬間的に夕刻を飛び越え、夜が過ぎ、朝になってこの暗い庭に日差しを差し込むのを。そしてまた、暗い昼を迎えることを。

 見るものがいないテレビは、未だ辺りを赤と黒に散りばめ(しかもひっそりと、控えめに)、低く囀るバリトンから、今は甲高いカナキリ声のソプラノに変わり、襖に隔てられた居間は光と音をぼんやりとフィルタした。 遠くから(今はもう、そう感じてならない)届く琵琶の音には、はじめから何の意思も無い。空気のようだった。 僕が座る縁側も、縁側伝いに続く廊下の奥には本や雑貨が山積してほこりっぽい(だろう)。 僕が日差しの強い午後に如雨露で濡らした飛び石も、今はただ濡れ光っている。
   
 僕は箱庭の蓋を閉じた。

2007-10-31

積み木をつんで

積み木をつんで
積み木をつんで
積み木をつんで
積み木を崩して
積み木をつんで
積み木をつんで
積み木をつんで
また壊して
あれあれ積み木が出来るの何時になるやらkarasuganaite

2007-05-06

『飛び石、庭先』 -Japanese Traditional House②

 白く、白く、全てを掻き消すように強い日差しは家の庭に注ぎ込む。何するでもなく、私は縁側に腰掛けている。じーん、という蝉の音。脳の奥に、後ろの首筋に鈍く響き、庭全体に満ちた光は古く黒く変色した木造の家屋の柱や土壁を白く縁取る。

 僕は腰を上げて庭の隅にある蛇口に向かった。サンダルがコトリ、コトリと音を立てる。蛇口に向かう道には飛び石が据えてあり、露出した土の地面を歩かずに済む。私は蛇口の傍に転がるトタン製のジ
ョウロに水を満たした。ジョウロの注ぎ口迄上がった水面は揺れて、眩い光の波が反射している。

「暑い・・・・。」

 私は思ったのだった。私は後ろ向きのままで、飛び石を伝って縁側へ戻る。一歩戻るたびに、直前ま
で足を乗せていた飛び石に手に持つジョウロで水を注いだ。さあさ、と音を立てて水は石を濡らす。白く乾いた石は初めは降り始めの雨のように黒く湿り、次第に流れ伝う水滴の軌跡を現して、やがては石を黒く艶やかに湿らした。ジョウロを傾ける時、その時に立つ石の香。

 
 白く、白く全てを掻き消して、次いで私自身を掻き消すほどの強い日差しは、今しがた私が濡らした飛び石を、見る間に白く乾かした。滲むように濡れた陰りを浮かして消している日差しも、数刻経つと橙色のニュアンスを帯びるだろう。

 僕は乾く度に、飽きずに石を濡らして、石を渡る。

2007-04-02

The Passage





すれ違い、香るコート



通路から、また、奥の戸に向かい



戸を閉め切って、ふと息をつく



微かに漏れ聞こえる喇叭の響き



鏡内の己を見やる





Photo & Poem: M.Y
Camera: Kyocera WX300k
Location: Bar "Le Select" (Senzoku-ike, Ota-ku, Tokyo)

2007-04-01

嵐の夜に

 風が激しく木の窓を打ち付けた。窓の端には雨がにじみ出て黒くなる。この状態では、眠ろうにも容易には眠れまい。僕は緩んだ頭を起こして、笛を手に取る。そして風に紛れて笛を吹く。曲名は無い。只吹く。 窓の音に合間に、何処からか遠く、丘の遥か下の方からは何か軋む様な叫び声が聞こえてくる。あれは人だろうか、犬だろうか。スピーカーから微かに漏れ聞こえてくるのは、サティの「サラバンド」だった。ちらちらと時折明滅する蛍光灯は、もう換え時だろう、起き掛けの鈍い頭に優しい。 僕は途切れ途切れに、笛を吹く。騒音に紛れて、吹く。途切れて、また思い出したように、滑らかに、また、朴訥に。
 

 不意に、風が止んだ。止んで、僕の呼吸音が残った。スピーカーからは、静かにホワイト・ノイズが流れる。僕は、布団の上に笛を投げ出した。耳を澄ますと、何処からか、三線の音色が聞こえる。しばらく横になり、その音を聞き取ろうとした。しかし、その音も止み。窓の外を見ると、風は緩く木々を揺らし、暗い闇はなお暗い。
 そして後は、雨がしとしと、地面を濡らす音だけ残る。

2007-03-25

『On the beach at night alone』 -夜、浜辺で一人

On the beach at night alone,
As the old mother sways her to and fro singing her husky song,
As I watch the bright stars shining, I think a thought of the clef of the universes and of the future.
A vast similitude interlocks all,
All spheres, grown, ungrown, small, large, suns, moons, planets,
All distances of place however wide,
All distances of time, all inanimate forms,
All souls, all living bodies though they be ever so different, or in different worlds,
All gaseous, waterly, vegetable, mineral, processes, the fishes, the brutes,
All nations, colors, barbarisms, civilizations, languages,
All identities that have existed or may exist on this globe, or any globe,
All lives and deaths, all of the past, present, future,
This vast similitude spans them, and always has spann’d,
And shall forever span them and compactly hold and enclose them.

(English)


夜、浜辺で一人、
老婆が海を前へ後ろへと揺らして、しゃがれた歌を歌い掛ける時、
明星の輝きを見るとき、私は未来や宇宙の思索に想いを馳せる。
全てに於いて、果てしない類似が組み合わさる、
全ての天体、誕生したもの、していないもの、小さいもの、大きいもの、恒星、月、惑星、
全てのありえぬ程広大な場所の隔たり、
全ての果てなく経てきた時、全ての魂の抜けた人型、
全ての魂、例えが大きな違いがあり、あるいは違う世界に住んでいる全ての肉体、
全ての気体、液体、植物、鉱物、加工品、魚、獣、
全ての国、肌の色、バーバリズム、文明、言語、
この地球上に、或いは他の天体に存在する、又存在するかも知れない全てのアイデンティティー、
全ての生、死、全ての過去、現在、未来、
このおびただしい相似は全てに遍満し、遍満し続けている,
そして永遠に遍満し、かたく抱擁し、押し包むだろう

(Japanese)

Translate: M.Y

2007-03-19

自家栽培 - Seed of Banana


 近頃、お金を使うのが勿体無いので、なるべく栽培しようとしてます。ハーブとか、一度の料理に使う分量はちょっとなのに、結構な量を買わなくてはなりません。そんな訳で、ハーブを始めたのが一年前。今ではやたらに生い茂るローズマリーに、手を焼いています。
 そして今、薬味ではなく、もっとお腹にたまるものは無いだろうかと思案に暮れる中、思い出したのが、昔、公園に植えたバナナの木です。子供の頃の話ですから、今でもあるか分かりません。あの懐かしい公園に、久々に足を伸ばすことにしました。
 夜、人目を盗んで公園に向かいます。風は冷たく、病み上がりの僕の身には、少々辛い。ぼろ雑巾のようなダウンジャケットを体に巻きつけると、少しだけ寒さがしのげました。
「あうーん」
と、犬の遠吠え。これでは益々、寒さが募るというものです。
忌々しい犬め、と僕は一人呟きました。少し狭い路地に入り込んだ場所に、例の場所はあります。暗い木陰の枝はその手を狭い道一杯に張り巡らせ僕の行く手を遮り、僕の心を握りつぶそうと手を伸ばします。ああ、こんな事になるなら、バナナなど放っておいて、家のコタツで暖まっていれば良かったと、何度も後悔しました。しかし、すでに影の間に囚われて居る僕には、もう進むしかありません。僕は真黄色のバナナを思い浮かべ、口の中にあの甘い味わいを想像しながら進みました。

 辺りが、急に開けました。そこは、公園でした。昔、僕が種から植えたバナナが育っているはずの公園でした。何にもありません。ベンチも、ブランコも、滑り台も、公園それ自体も。只の空き地でした。只の草地です。ちょっとした木の柵が設けられており、そこにはトタンの看板で、「行政管理」とだけ、書いてありました。僕の心の中のバナナは、アドバルーンでした。飛ぶだけ飛んで、バスンと割れました。
 
 ふう、吐息をつぐと、僕は首を上げました。すると、僕の目には、意外なものが飛び込んできました。なんと、たわわに実るバナナの実の房ではありませんか!この寒風に、凛々しくそそり立つ、バナナの実。僕は迷わず、その実を毟り取りました。
 そのバナナの木は、元公園の際に立っていて、すぐにはそれと気づくことはできなかったのです。
「うわはは、青い鳥、青い鳥」
と口走りながら、僕は夢中でバナナを毟りました。そして手に一杯のバナナを抱えて、僕は一目散に家を目指します。暗い路地を抜けて、住宅街を走りぬけ、長い坂を駆け下りて、そしてまた、前より長い坂を息を切らして上りきり。そしてはしりながら、僕は楽しかった子供の頃を思い出しました。

 家に駆け込んで、バナナ毎体を投げ打って、僕は大の字に寝転がりました。荒い吐息、甘いバナナの香り、懐かしい思い出。ああ、明日は川の緑藻を取りにいこう。あれは海苔の代わりになるのです。
 僕は一人なのに「ははは」、と笑いました。




Photo & Fancy: M.Y

Camera: Kyocera WX300k

Location: Le Select (Senzokuike, Ota-ku, Tokyo)
 
 

2007-03-14

The Ship Starting

Lo the unbounded sea

On its breast a ship starting, spreading all sails, carrying even her moonsails,

The pennant is flying aloft as she speeds she speeds so stately,

--- below emulous waves press forward,

They surround the ship with shining curving motions foam.

(English)

果てない海よ、

その只中を一隻の船が発つ、すべての帆を押し広げ、ムーンスル迄もを掲げて、

威風を放ちながら船は速度を上げ、また上げるゆえに、ペナントは遥か上方で風に流れる。

 --- 足元では波も競って前進する。

波は輝きうねりをあげて、軌道を泡立たせ、船を取り囲む。

(Japanese)

Poem: Walt Whitman

Translate: M.Y

2007-03-04

Earth Beat - Structure


 海岸沿いのボードウォークの上、コツリコツリと鳴る足音。空は淀んでいて、若干暗い。海岸はコンクリートで塗り固められ、壁と、随所に設置された金属製の柵によって遮られてすぐ間近の海は見えない。その壁を越えて、僕は群青色の海の先を見る。まだそれほど遠くはない海と川の丁度中間の辺りに、突き出るようにそそり立つ、構造物があった。何かの作りかけのように見える構造物、それは恐らく海中に杭を立てたかったものではないか、と僕は思った。その先端は少し崩れかけていて、錆びた鉄筋のようなもの顔を覗かせていた。耳に微かに聞こえてくる、何かの音、金属を打ち鳴らすような音に惹かれて、僕はここに来たのだった。その音は、あの構造物の中から聞こえてくるのかも知れない。僕はそれを確かめるために、更に進んでみた。

 淀む空の気配、浜辺の風、そして、空を横切る巨大な飛行機。その巨体は、今にも地面に降り立つかのように低く迫るように飛んでいる。その腹の影が一瞬、群青色の海の上を横切り、僕の中も横切っていった。鳥の鳴き声は長く尾を引き、生々しく聞こえた。それは、眠る前に耳にする近所の猫の鳴き声そっくりだった。僕は歩いた、しかし。

僕は、その好奇心とは裏腹に、ひどく眠かった。草叢に落ちるように腰を掛け、しばらくの休憩。あの金属音は、まだ微かに、耳の中で鳴っている。


Photo & Fancy: M.Y
Camera: Kyocera WX300K
Retouch Software: Picasa2
Location: WW studio

2007-02-25

Slope, Up & Down


 

 買い物袋を両手に下げて、僕はきつい上り坂を上がっていく。坂の途中の家から聞こえて来るメヌエット。静かに、僕は静かに上り坂を上がっていく。坂の頂点の少し込みいった場所に僕の住む安アパートはある。荷物を置いたら、僕はすぐに家を出なければならない。用事があるのだ。

 程なく荷物を置いた僕は、肩掛けカバンを掴み取り、急かされたように家を出る、鍵をかけたかも分からずに。

「見ろよ、街灯の光の端も、緑色だぜ」

 などと柄にもなくつぶやくと、塀の裏にいた(のだろう)猫が「みゃー」と鳴く。多分、腹が減っているんだろう。雲ひとつ横切らぬ夜空の只中で、月はぼやけて、融けかけたチーズのようにだらしない。メヌエットはもう鳴り止んでいた。僕は静かに坂を下る。一歩、一歩。坂の途中にある十字路で、僕は上ってきた道とは違う道を選んで曲がった。その道は、緩やかに左に折れて目的地に向かっている。前方に見える道の行く先は切り立った土地を削って出来ていて、片側は石垣が組んである。その石垣とゆるい曲がりが、街灯の青白い光を遮っている。石垣のやや手前、マンションの傍に立つ街灯の根元には、エンジンが掛かったままのカブが停めてあった。新聞配達のものだろうか。無用心だ。坂を下りるのも意外に負担が掛かるもので、少し歩いただけで膝にきた。それ程長い坂ではない。終わりはもうすぐだ。

 坂は緩やかに下りに差し掛かり、小さな”流れ”を渡すコンクリートの橋を渡ると、坂は終わった。僕は今歩いてきた坂を振り返ってみる。緩く曲がりながら上る道の途中には、ポツリポツリと街灯が立ち、暗い坂道を照らしている。街灯の傍にある木造の家屋が暗闇に浮かび上がる。雲が無いにもかかわらず、家屋と石垣の崖の間から見える夜空には、星が見えない、ただ、融けかけた月だけが木陰から覗く。もう、アイドリングの音は聞こえない。

 バス通りの手前で僕は、足を止めた。目の前には赤い郵便ポストがあった。肩掛けカバンから封筒を取り出して、静かにそれを落とし入れる。コトリ、と音が響いた。周りの民家からは、テレビの音も、ラジオの音も、家族の団欒も、犬の遠吠えも、何も聞こえない。住宅街の只中、封筒が落ちてポストの底に当たる音だけが響いた。僕の目的は、この封筒の投函だった。その瞬間、辺りの家並みの、色のかすかなニュアンスが赤から青に変わった。ざわめくバス通りの気配。この場にはもう、用が無くなった。僕はまた静かに、驚くほど静かに坂を上る。

Photo & Fancy: M.Y

Camera: Kyocera WX300k

Retouch SoftWare: Picasa2

2007-02-13

夕刻、障子 - Japanese Traditional House ①


気が付けば、部屋中に差し込む橙色の光で満ち溢れていた。流れる冷や汗は、寝入ってしまった間の奇妙な夢の内容を物語る。勿論、どんな夢であったかなど、記憶に残っている訳も無い。隣の障子を隔てて廊下を挟んだ台所からは、包丁のリズミカルな音律。胸に詰まるような圧迫感を覚えた。どうやら人の家であるにも係わらず寝入ってしまったらしい。ふ、と僕は息をついた。確か僕は、・・・・・この家で音楽を聴くつもりで来たのだった。床の間には、磨き上げられたアルミ製のターンテーブルが鎮座しており、その白銀のボディは朱に染まっていた。僕は中腰でそのターンテーブルを持ち上げて、部屋の中央に据えた。ケーブルは延ばされて部屋の中央を横断して、床の間にあるアンプに繋がっている。僕が聞きたいレコードは、プーランクの歌曲だ。あの伸びやかに上がり、そして艶やかに下る美しいラインのメゾソプラノが聴きたかった。アンプの横に立て掛けてあるローランサンの描く女性のジャケット、あれだ。僕はレコードに針を落とした。艶やかに回るレコード。僕は、じ、と聴き入った。

橙色の光は部屋の畳の上に敷き詰められ、障子に遮られて出来た格子状の影の合間を縫って庭に植わる笹の葉の影が、風に煽られて狂おしく身悶える。襖には松らしき絵が描かれており、その上で、影が踊っていた。笹の葉が擦れて鳴る音は、サアサアとまるで何者かを招くかのようだ。しわがれた風の音、低く這いずるようなバリトン、それに台所から変わらずに聞こえてくる俎板の響き、これらの音が交錯し、僕の鼓動は何故か早まる。ある予感が有った。

レコードの歌い手がテノールに変わった時、日差しは焦げるように暗さを増し、日没迄間近だった。妙な気配を感じて、僕は障子を見た。障子には、くっきりと人影が映っている。人がいるのか、或いは物の怪だろうか?影は全く見動き一つしない。少しだけ開いている障子の隙間からは人影の口元だけ伺える、口元の紅。僕はじっとそれを見つめた。レコードは流れ、踊り狂う木々の影も今は静かに収まり影絵のようだ。畳の上には僕とその人影だけが伸びる。時は流れて、流れても、まるで部屋の中はミニチュアの模型のように止まったままだ。部屋に入る光を遮る庭の土塀の上に、焼け付く太陽がその身を隠す寸前、僕は遂に口を開いた。

「そちらじゃ、何だ、こちらに入っておいでよ。」

 影は相変わらず、身動きしない、ただ、隙間からのぞく口元の紅だけが、少し歪んだように見えた。僕は重荷が取れたように、ふ、と息をつく。ターンテーブルの針が上がり、静かに回転を止めた。気付かないうちに曲は終わっていたようだった。僕がレコードに手を伸ばした時、レコードはパキリと音を立て、ターンテーブルの上で真っ二つに割れてしまった。少し驚いて、僕はその割れたレコードに手を伸ばす。

「あ、いたっ、」

僕は欠片の端で人差し指をついてしまった。始めは浮き出るような白い痕だったが、見る見る内にその白い後から血が流れ出てきた。流れ出る血は指を伝い、まるで線香花火の玉のように溜まる、そしてしばらく溜まった後に弾けて、まるで螺旋を描くように畳の上に滴り落ちた。僕は傷ついた方の手首を反対の手で押さえた。押さえた手は、強い脈拍を感じる。どくん、どくんと叩くような脈拍は、僕の心音、そのものだ。僕は、呻いた。

 部屋を照らす日差しは止み、部屋の中は闇に包まれ、人影は闇に紛れる。台所の俎板の音は途切れていた。暗い部屋の中では、ただ、僕の息遣いだけが残った。


Photo & Fancy: M.Y
Camera: Kyocera WX300K
Retouch Software: Picasa2, PhotoShop
Location: Studio W.W

2007-02-05

Dust, Diamond


For J.B


 



 旨い酒は、呑み飽きた。僕はリカールを水で割って、缶詰の魚を流し込んだ。もう一杯。カウンター越しにオーダーを投げて寄こす。無言で差し出されたもう一杯のリカールは白濁していた。白濁した液体を透過する灯りには、青みのニュアンス。言うなればこの酒は毒で、僕はこの手の酒を呑むたびに、青と黄色の迷宮を彷徨うのだった。ターンテーブルは艶やかにレコードを回し、スピーカーからはフェンダーローズの音が左右に揺れて通り過ぎ、僕の脳も揺らしていく。少し覚える、吐き気。それは、安酒から来るものか、或いは平衡感覚を失った事からくるものか・・・・・。

 


 『雪の結晶は、更に細かく砕け散り、

結晶の塵は、手の平で静かに燃え立つ青白い炎の上で、

散りばめられて、輝いて』



青い縁のガラス戸から伺える外の風景は、ちらちらと降り始めた雪に、足早に通り過ぎる通行人。僕は外に出て、雪が降る空を見上げたくなった。今注がれた一杯が空になったら、外に出よう。そう言えば、この雪は今年に入って始めての雪だろう。

 


 『雪の結晶は、更に細かく砕け散り、

結晶の塵は、手の平で静かに燃え立つ青白い炎の上で、

・・・・・・・・・』



ガラス戸が、開いた。そこには見知った顔があった。外気の寒さに青白い頬が緩む。出ようとする瞬間を狙って、彼らは入ってくる。心の隙を狙っているのだ。彼は言った。

「よう。」

 僕は言った。

「よう。」

 彼は言った。

「ビール。」

僕は言った、飲み干してから。

「ぬるいビール。」

 このバーの店主は、一種の天才だ。ありとあらゆる状況を想定して、わざわざヌルくしたビールを用意してある。しかも(ご丁寧にも!)、そのビールにぴったり合う、50がらみの女が歌う、しまりの無いジャズボーカルのアルバムに針を落とした。これで話が弾まないわけが無い。僕は30回位の「へー、」を繰り返し繰り返し使う内に、いい加減飽きてしまった。今、僕の中で興味がある事は、「結晶」の話だけだ。昔、もうかれこれ10年近く経つだろうか、真夜中の新宿で始発待ちの東口で、真夏に降り始めた青白い結晶。秋の夜、幼い頃、早い内に寝かしつけられて、真夜中のまどろみの中でうなされて見た、天井から降り注ぐ明滅する結晶。青空を眺め続けて、疲れた目を一度瞑り、再び開いた時に空に現われる結晶。

「僕は、結晶の話をしたいのです。」

と言うと、彼はニヤリと笑った。

「なら、今すぐ外に出な。」



 『雪の結晶は、更に細かく砕け散り、

結晶の塵は、・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・』

 


 先程迄、降っていた(ように思えた)雪は、影も形も無く、足早に思えた通行人の歩調も大抵優雅なものだった。僕は周りを見渡した。緩い坂道、ひどく乱雑並ぶ路駐のバイクや自転車、商店街から少し外れて寂しげに灯る街灯、それらの全てが普段の町並みだ。



 『雪の結晶は、・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・』

 後ろを振り返る、そこに店は無かった。シャッターが下ろされた店舗は「貸し店舗」と書かれた張り紙と、管理する不動産の名前が明記されていた。僕は飲みかけのヌルいビールがどうなったか、気になって仕方が無かった。どうも落ち着かない。何かを失ってしまったような気がして、堪らなかった。

 バーなど、初めから無かった。青い縁のガラス戸も、そのガラス戸から洩れ光る柔らかな灯りも、気の利いたバーテンも、褪せた音色のレコードも、気の置けない常連も、全て「予感」だった。僕が夜空を見上げた時、暗い夜空の端に光る地上の明かりを反射したボヤのような光の中にある、散りばめられたキラキラ光る粒子が見せた何十年後かの「予感」だった。瞬間、僕は未だ見ぬ未来へと、心が飛んで行ってしまったのだろう。僕は、十数年後、あのバーのカウンターに座り、やはりリカールと魚を頼み、未だ見ぬ常連を待ち、焦れた様にガラス戸の外を眺めている(だろう)。

 僕は手の平を空に向けて、暗闇の中から降るであろう明滅する結晶を受け止めようとした。

 



 『結晶の塵は、手の平で静かに燃え立つ青白い炎の上で』




Photo & Fancy: M.Y
Camera: Kyocera-WX300k
Retouch Software: Picasa2

2007-01-23

Earth Beat -introduction


 

 「汐干狩りにでも」と朝のラジヲに促され、その気になった僕は、セルを回して程近い砂浜に向かう。携帯のプレイヤーは無いが、自身が楽器なので構うまい。十年位前の流行らない歌を口ずさむと、僕は夕餉の味噌汁を連想した。風が湿り気を帯び、海岸は真近のようだ。灰色の空。
 
 「緑藻に カワズ絡みて 冬の月」

 と、詠った詩人か嘗て居たかどうかは定かではないが、海岸に近い防風林の松のやや左上に、白けた月がぽっかり浮かぶ。砂浜のある場所は、海岸沿いの公園で、その中でも随分と奥まった処だ。行く道すがらには、季節外れの炭酸水がある自動販売機、或いはノドグロを釣り上げてはしゃぐ釣り人、また或いは壊れかけのラジヲ(レディオ?)に耳をぴったりと寄せて演歌を聞き入るランニングの老人、などが居るに違いない。しかし、そんなものは居るわけも無く、僕は砂浜目指してニスが厚く塗られた木製のボード・ウォークの上を、海岸沿いに歩いた。僕の中のラジヲは、すでに洋楽のチャンネルに切り替わっている。

 
            ・
            ・
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 音、音、大地を伝う音、あれは大地そのものの響きだ。錆びた鉄の棒から、始めは高く、海を伝い、大地を通じて僕のつま先を震わすあのリズムは、大地そのもののリズムだった。それは、大地を通じて次第に世界に広がり、やがては大気圏のオゾンを突き抜けて、宇宙に至る。






Photo & Fancy: M.Y
Camera: Kyocera WX300k
Retouch software: Picasa2

2007-01-18

『Black Hole Grabs Starry Snack』



This artist's concept shows a supermassive black hole at the center of a remote galaxy digesting the remnants of a star. NASA's Galaxy Evolution Explorer had a "ringside" seat for this feeding frenzy, using its ultraviolet eyes to study the process from beginning to end.


The artist's concept chronicles the star being ripped apart and swallowed by the cosmic beast over time. First, the intact sun-like star (left) ventures too close to the black hole, and its own self-gravity is overwhelmed by the black hole's gravity. The star then stretches apart (middle yellow blob) and eventually breaks into stellar crumbs, some of which swirl into the black hole (cloudy ring at right). This doomed material heats up and radiates light, including ultraviolet light, before disappearing forever into the black hole. The Galaxy Evolution Explorer was able to watch this process unfold by observing changes in ultraviolet light.

The area around the black hole appears warped because the gravity of the black hole acts like a lens, twisting and distorting light.

Image credit: NASA/JPL-Caltech



『ブラックホール、きらびやかな軽食を捕食する』

この画家の手によるコンセプト(想像図)は、遠く離れた銀河の中心ある驚異的な広がりを持つブラックホールが星の残骸を飲み込む事を表している。 NASAGalaxy Evolution Explorerは、初めから終わりまでの過程を学ぶために紫外線を感知する「目」を使い、この「熱狂的な食い散らし」観賞する為の「リングサイド」シートを持っている。

 画家のコンセプト(想像図)は,時につれ宇宙的な野獣の手によってバラバラに切り裂かれ、飲み込まれてしまった星を記録するものだ。 まず最初に、まだ損害のない恒星(左側)が無謀にもブラックホールにかなり近付き、そして、恒星自身の重力がブラックホールの重力により圧倒される。 星は、次に、バラバラに引き伸ばされ(中央の黄色いもやもや)、遂には星屑になり、その内の幾分かはブラックホールの周りで渦を巻く(右側の雲状ののリング)。 この崩壊する物質はブラックホールの中で永遠に消滅する前に、過熱して紫外線を含む光線を放射する。Galaxy Evolution Explorerは、紫外線の変化を観測する事によって,この広がるプロセスを見る事が出来るのである。

ブラックホールの周りのエリアで歪みが現われるのは、ブラックホールの重力が光を捻じ曲げ、破壊するレンズのような役割をするからだ。


Translate: M.Y

2007-01-12

New color, 新しい色

 一人で唸っても
 リズムも色彩感覚も、堂々巡り
 赤も黄色も、俺にゃ、そんな風には考えられない
 
 別れの後には、出会いがある
 さらば、旧い青・赤・黄!
 別れがあったってことさ
 つまりは、そんな辺りだ
 
 フリューゲル・ホーンの音色も赤く滑らか
 
 何世代かの交配を繰り返した古いバラの品種は、
 ガレの硝子細工になった

 使い古した警官の制服は
 元の色すら想像つかぬ、
 群青、群青、
 また、群青
 
 出会いの後には、
 ただ、手の上に柔らかく散り、砕ける炎の破片
 さらば、エリュアール!右肩に鳩が止まる
 ご機嫌よう、エリュアール!縁側でバトンガール

2007-01-06

間奏, the intermission



波間に

漂う

巨木の瓦礫

横たわるプレートは

ただ

内海の波に揺られる

彼方走る、白い影


Among the waves,
It drifts,
Toles and pebbles of big tree.

The lying plate,
However,
is cradling in the wave on inner (and also hidden) sea.

Calm,

Running in the distance, white shadow.


Photo & Poem : M.Y
Camera : Kyocera WX300K
Retouch Software : Picasa2
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