
灰色の空、群青の海原、手前に広がる葦の林は、枯れてまばらだった。うらびれた売店の横にある、公衆電話の受話器を手に取る。風は冷たく肌を切った。ダウン・ジャケット着て家を出てきたのは、正解だった。
「・・・るは・・・・。」
受話器の声は、ノイズ交じりで良く聞き取れない。まるで風の囁きだ。聞き覚えのある、ホワイトノイズ。僕はジャケットのポケットの中からビール缶を取り出した。受話器は頬と肩で挟んで、缶のプルタブを開ける。
「・・・・・はるは・・・・・。」
何だか、鉄の味がする。体に残る、若干の痛みが思考を鈍らせた。風は、海辺にも係わらず、乾いて冷たい。何故か、子供の頃に訪れた新興の住宅街を思い出した。道は広く、黒々としたアスファルトは真新しい。銀色の瓦は反射する陽光で瞳孔を痛める。真新しいブロックと大理石を張り合わせた塀は、ざらついている。果てしない続くと思える街道には、時折轟音を立てて通り過ぎた。夕方、広い公園に差し込む橙色の光が、遊ぶ子供たちの声を色づけた。汗の匂い、硝子の杯。幼い日の記憶が、脳裏をかすめた。
「・・・春は・・・・・。」
僕はようやく聞き取ることが出来た。彼が何を言わんとしているのか、大体予測することが出来る、今の僕ならば。
「もし、戻るとしたら・・・・。」僕は告げた。「それは、春になるだろう。」
受話器を置く。チン、と電話機が鳴った。その瞬間、鳥が一声、鳴いた。その叫びに、僕の心は遥か先に、飛ばされてしまった。僕は、缶をあおる。そして、長らくポケットの中にしまわれていた物を取り出した。それは、植物の種だった。一円玉位の大きさだ。それは、元の色からは既にかけ離れた色になっていて、おそらくもう、発芽することは無いだろうと思われた。
暖めすぎて、腐ってしまった種。大事にするのは、余計なことだった。例え季節は巡り、春が訪れても、この種には春は来ない。僕は飲みかけの、生ぬるくなったビールを種にかけた。最後の餞別だった。
僕は、海辺を去った。去りながら、来る筈の無い、もう一つの春を思い描いていた。長らくの冬は遂に過ぎ去り、凍てつく大地から発芽する新しい若芽。新鮮な陽光を浴び、若木は成長する。更に季節は巡り、幾たびかの冬を越した後、その若芽は、ほっそりとした若木になり、新たな時期の到来を告げる。
Picture : Keita-Kishino
Poem : M.Y
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