1969年、発表されながらその異端とも言える内容のため、学会から黙殺された論文があった。
Ambrose Lichtenstein(1917-1972)の「記憶(memory)の最小単位についての一考察」である。この論文では、人間の記憶の構造を説明し、その記憶をデータに変換することが将来的に可能になるであろうと結論づけている。 彼は、「人間の行動・思索は逐一その存在に刻み込まれる。その様は、まさに『行動記録(Activity Journal)』と言っていい」とし、「その行動記録の集計結果によって、現在の人格が決定されている。」としている。この説は学会らその倫理上の問題を指摘され、最終的には「黙殺」された。ただ、Lichtensteinはこの考察を東洋思想から発想を得たと言っており、その為一部の東洋思想寄りの科学者によって、この考察は(細々とであるが)補填・拡張されていった。
この一考察が実用性のある技術として広く認知されたのは、彼がこの論文を発表してからおよそ100年後のことである。
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