2011-02-23

決壊

 空は灰色に低く垂れ込め、強い湿気に吐き気を催す。

僕が多摩川の河川敷に住み始めたのは、かれこれ一年ほど前の話だ。その頃の僕は混乱しきりで、何かあると身の回りのものを壊してしまうものだから、自分で家から飛び出した(と思う)。気づいた時には、コンクリートの橋桁の元でぼんやりと川の流れや時折飛び跳ねる魚の飛沫の行方を目で追っていた。のどが渇いた時には川の水をすくって呑み、空腹の時には川原の草を毟って食べた。大抵の草はひどく渋かったが、何とか食べることが出来た。それより問題だったのは、水はいつまで経っても腹になじまず、捩れる様な腹痛に始終悩まされた。結局、水に慣れるまで半年は掛かった。夜はゴミ箱から拾ってきた新聞紙を何重かにして身にまとい、橋の下で寒さをしのいだ。ゴミ箱は川原近くの売店の裏手にあり、夜半過ぎにこっそり盗みにいった。ゴミとはいえ、万が一店員に見つかったしまったら命の保障は無かった。現に川原に住む何人か浮浪者仲間は店員に通報され、アサルトライフルで武装した人民兵に連行された。その後、彼らの消息はわからない。この時代において、「家を出る」ことは人間を止めることを意味した。

昼は川を渡す橋の喧騒を避けて水際の葦の中に身を潜め、夜になると食料を調達するために川原のそこかしこを徘徊した。 下流の見ると巨大な橋が架かっており、橋上の道路を行き交う車のヘッドライトが白・青・黄のラインを描き、その余韻が長く連なりまるで光の川のようだった。橋の上にはひどく高いビルが立ち並び、窓からは様々な色の光がこぼれるように溢れ、灰色の空をうっすらを染め上げていた。橋の辺りは灯りらしいものは全くない暗闇だったから、その様はまるで光の雲海の只中に立つ金色の塔のように見えた。僕は最低限の食料を確保した後は、土手に腰掛けて、ただその光の余韻をぼんやり眺めていた。

川原にはぼくと同じように暮らす人が何人かいた。皆、僕と同じように「家を出て」、戸籍を失っていた。その中で特に親しかったのが、ゲンさんと呼ばれる老人だ。ゲンさんは僕に川原での生き方を教えてくれた。売店の裏のゴミ箱のことや、渋みが少ない草の根や、昆虫・ザリガニの捕り方など、川原で食料を確保するための方法は、ほとんどゲンさんに教わった。ただし、ゲンさんはやり方は教えても、決して自分の獲物を僕に分け与えようとはしなかった。それはゲンさんの僕に対する優しさのようだった。

ゲンさんはよく昔語りをした。自分はかれこれここで二十数年暮らしていること、昔はもっと大勢の人が川原に暮らしていたこと、あの頃は賑やかだったこと。その頃は道端に落ちている空き缶やペットボトルを多く集めて回収工場に持っていくと、幾ばくかのお金が手に入ったらしい。そのお金で時にはお酒も飲めたんだよ、とゲンさんは懐かしむように目を細めた。その後、日本がどうにかなってしまってからは、もう金を手に入れる手段は無くなってしまったのだと言う。かつて都と県の境界であった川は、ある時期を境に国境になり、今や他のなにものでもない川になった。国境であった時期に、こちら側(かつて「都」側であった川原)から、大半の居住者は「県」側に移住してしまったそうだ。僕にとっては、こういったことは(おそらく)生まれる前の昔話だから、まるで御伽噺のように聞こえた。

ある薄曇の日、ゲンさんの住処(といっても、ダンボールが積んであるだけの代物だが)に行くと、ゲンさんが死んでいた。目を見開き、口から内臓を吐いていた。ひどく痛んだ髪と垢切れて黒ずんだ肌からはとても想像できないが、口から吐き出された内臓はひどく艶やかで、鮮明な赤色だった。近くの人に話しを聞くと、先般雨が降って川が増水した次の日に、ゲンさんは岸に打ち上げられた鯉を生で食べたらしい。川原の暮らしが長いゲンさんがそんな危険なマネをするとは信じられなかった。僕はその人と協力して、ゲンさんを川に流した。ゲンさんは一度とっぷりと沈んだ後、水面に浮かびながら何度か反転し、その拍子にまるで僕に手を差し伸べるような仕草をした。僕はゲンさんがそのまま遠ざかり、暗い水面に沈んでいくのを見つめた。

それからしばらくして、朝起きるとかつての「県側」の土手が決壊していた。僕がこちら側の土手に登りそちらに目を凝らすと、決壊した土手から川の水が平地に流れ込み、「県側」の陸の大半が水没しているように見えた。遠くから、馬がいななく声が聞こえたような気がした。「県側はどうなっているのだろう?」。僕は今までついぞそんな気持ちになったことはないが、ひどく興味を覚えた。向こう岸の、その又向こうはどこまで水没しているのだろうか?ゲンさんの話しによると、遥か上流にはかろうじて人が通れるほどの細さの橋があるらしい。そこを通れば、向こう岸に行くことが出来るだろう。僕は土手の上を、上流に向かって歩き始めた。

「・・・・・・・・。」

どこからか、つぶやきが聞こえてくる。僕は周りを見渡した。誰もいない。

「・・・・・・・・。」

僕は足元の草叢に視線を落とす。何か、赤いものが見えたからだ。

「・・・・・・・・。」

近づくと、すぐにそれが何か分かった。それは、ラジオだった。赤い塗装を施した、ひどく古いめかしいブリキのラジオだった。ラジオから流れるのは歌曲のようだったが、甲高く伸び上がる声がソプラノであること以外は、何も分からなかった。僕は再び歩き出した。

朝の煙るような淀んだ空気は、ほどなく真昼の日差しに掻き消されるだろう。


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